身体醜形障害(症)の治療〈その1〉
マインドフルネスレジリエンス強化療法
Mindfulness Based Resilience Strengthen Therapy(MBRST)
かつての精神分析療法は、患者さんに、「精神分析は長い時間と費用をかけたが、傷ついた心の状態を説明するばかりで何もしてくれなかった。精神分析とはいったい誰のためにあるのか?」言わしめている。
認知(行動)療法では患者さんの不正確な認知、信念体系や思考に取り組み、患者さんが出来るだけ早く普通の状態に戻れるような考え方の変容を身に着けるまでは教えている。つまり、傷ついて動けなくなっている病人が起き上がる方法までに重点がおかれている。
マインドフルネスレジリエンス強化療法MBRSTでは、その先の段階の、病人が立ち上がり、目標を定めて歩き出し、果敢に挑戦する気力を導くスキルを教るものである。
レジリエンスは、精神医学では一般的には「坑病力」と訳されているが、語源的には物理学の物性の弾性力を意味することから、ある圧力に対してどれくらい跳ね返す力があるかを意味し、心理学的には同じストレス(逆境)に対してどれくらい耐えられる力(ストレス耐性力)、跳ね返す力(反発力)があるかの意味となるが、私は「逆境力」が最もわかりやすいと考えている。
人の身体には体調を一定の健康状態に維持するために常にバランスを取る「生体恒常性・homeostasis・ホメオスターシス」という機能があるとされ、「免疫系」が主となって役割を果たし、それに「自律神経系」、「内分泌代謝系」に加え「精神(心)」が複雑系で相互作用し自律的に成り立っているものと考えられる。
一方で、心にも精神の健康状態を常に一定に保つ機能があると私は考え、私は「こころの免疫力」と言っても良いのではないかと考えて来たが、現在では精神心理学の[レジリエンス]あるいは「情動の知性(EQ)」がそれに相当するものではないかと考えている。
マインドフルネスは、古代仏教に端を発する瞑想法で、今のこの一瞬に注意を集中させることで、過去の失敗からくる悔い、憂いやこの先の将来を案じて生じる不安になる気持ちを忘れ、雑念の中心にいる自分を解放させてくれるスキルである。またマインドフルネスはレジリエンス機能を高めることでネガティブ思考をポジティブ思考に導くことが、最新の脳科学の研究で明らかになってきている。
私たちは日常的に潜在意識下に過去を悔やみ憂う気持ちと、将来を心配し不安に思う考えを持ちながら生きている。つまり私たちは常に、自分と、自分の思考と現実(周囲の出来事)が混在する状況に置かれており、現実は、それらの混在した中での自分の思考を通してでしか、見たり理解することが出来ない(認知的コンフュージョンという)。従って私たちは逆境、ストレスに直面する時、その現実を『今ここ』のリアルな事実として、あるがままに見る事が出来ないのであり、常に過去と未来の混沌とした思考を通してでしか現実を見ることが出来ず、自動思考的にヒューリスチック(経験則による直感的に)にネガティブな思考に陥ってしまいがちなのである。つまり現実のリアルな事実と「自分の頭の中で考えている現実」とは別物であり、リアルな現実の事実を見るには、自分を取り囲む混沌とした雑念思考を取り払うか、あるいはそれらの思考に取り囲まれた自分をその場から脱出させ(脱中心化という)、少し離れた所から観客の目で見るしかないのである。
マインドフルネスはその『今、この一瞬の』の本当の現実に気付くために、自動思考に影響を与える潜在意識下にある過去と未来から来るネガティブな信念、雑念思考を排除するためか、あるいは脱中心化を図るためのスキルとして位置づけられるのである。
私は、マインドフルネスのスキルをベースにして、ハリスの論理療法のABCDE理論を実践し、「物事に対する考え方、解釈、認知の仕方」を変えることでレジリエンスが強化されポジティブ志向で生きていけるようにする心理療法として『マインドフルネスレジリエンス強化療法Mindfulness Based Resilience Strengthen Therapy ;MBRST』を考案した。
ABCDE理論では次のようになっている。
A(Affairs)は客観的な外部の出来事、生活環境、人間関係からなる事象、現実を意味し、
B(Belief)は客観的な現実をどう受け止めるのか、どのように考え解釈をするのかの根底的な認知の仕方,信念ともいえるもの。
C(Consequence)はBの解釈を経て結果としてもたらされた感情や行動。
D(Dispute)はCが自分にとって不合理な、ネガティブなものであった場合、それを修正したC’にするにはBをどのようなB’に変えたらよいか検討すること。
E(Effective New Belief)はB’,C’によって導かれた効果的な新しい信念体系あるいは人生観のようなもの。例えば完璧主義であったものを最善主義にもっていくようなことを言う。(図1)
ハリスの論理療法は、人は自分の前に現れたA(事象、物事、出来事、現実)をどう受け取るかBによってAの見え方が違ってくるというもので、ある人は肯定的に受け取れば、結果Cは喜びを感じ前向きになり、ある人は否定的に受け取れば、悲観的になり落ち込むというCになるというわけである。Bを変えることで結果Cが変わって来ると言うのが基本的な考えである。つまりBとCには繋がりがあることになる。(B=Cつながり)
しかし、せっかく新しい思考の仕方B’を見つけても、人は生まれてから身につけて来た思考・解釈(認知)の仕方、信念や雑念を持っている限りは自動的に本来の思考の仕方Bになりがちであり、B’に変換するのは容易ではない。そこでマインドフルネスで今現在の一瞬に意識を集中することで、身についた過去の信念、雑念を取り払い真っ新な状態にすればB’にもっていくのが容易になると考えたのである。マインドフルネスを習得していれば、一瞬思考を停止し真っ新な状態にすることが容易になるからである。(図2)
マインドフルネスレジリエンス強化療法MBRSTの実際
具体的には次のように行っている。
- ❶生育歴、現病歴を丁寧に伺い、患者さんの心理社会的な背景を洞察する。
- ❷「過敏さ(HSP)を見るテスト」、「パーソナティを診断するテスト」、「レジリエンスの強さを測るテスト」を行い、現在の精神心理状態を把握する。
- ❸その結果を踏まえてABC分析を行い、自分のB=Cパターンの傾向を見つける。それ等の多くが根底思考や思考のピットフォール(落とし穴・ワナ)で歪められたネガティブなヒューリスックな自動思考であることを知り、それらのバイアスが取れた本来の歪曲されていない自分の考え方に気づくようにする。
- ❹出来事、現実Aに対して、生まれてから今日までに身につけて来た認知の仕方、信念でバイアスのかかった考え方、解釈の仕方であるBが、ネガティブで不合理な結果Cを招くのであれば、ポジティブで合理的な結果C’をもたらすような新しい考え方B’に変える訓練を繰り返す。(D)
- ❺その際に、BをB’に容易に持っていけるように、並行してマインドフルネスを習得するように指導する。
- ❻結果として、新しい信念体系、人生観のようなものEを作り上げて行く。私はEを、最終的には森田正馬の「あるがままを受け入れる自然服従」、ジョン・キーツの「答えの出ない事態に耐える負の能力ネガティブケイパビリティ」の考えに持っていくのがベストであると考えている。
- ❼最後に「美容整形手術が持つ意味」についても考え、手術の結果に折りあえるだけのレジリエンスの力が身についていて、美容形成外科的に適応があり、本人の自己否定感、ネガティブ思考が自己肯定感、ポジティブ思考に変わるきっかけになる可能性があると判断したときには、最も適した美容形成外科医を紹介することもある。紹介先医師と連携し、手術後の精神的サポートをするなど手術は私の管理下で行う。
呼吸に意識を集中・持続させることで「思考と現実と自己の混同」から抜け出し、自分の経験に対して観客の視点(脱中心化)を持つことで思考の思い込みからの脱却をはかる。結果としての感情が事実の反映したものではなく、心の中に生じた一つの出来事に過ぎないと、あるがままを受け入れることの大切さに気付き、そのような視点を常に持てるようにする。
逆境に際して、「あ、やはりまた自分はダメな人間だ」という考えが頭をよぎった時、「また過去の色々な、ネガティブな記憶が出てきているな』と一歩引いて客観的に眺められるようになると「こういう時に自分がネガティブになってしまうのも仕方ないな」と自分の状況に平静に構えられるようになる、というわけである。
「先のこと・過去のこと・何処かのこと」にこころを奪われた状態が当たり前になると、憂いと不安で脳の活動は常時活発になり疲労困憊(デフォルトモードの脳の活動レベルが上がる)し、人間は「今・ここ」に意識を向けることが難しくなる。しっかりと脳を休息させることと、意識の『今・ここ』にいる状態を体得することは共時的な関係にあり、マインドフルネス呼吸法はその状態を会得するために行うのである。
MBRSTの何が新しいのか?認知(行動)療法との違い
認知(行動)療法では、例えABC分析で、頭の中ではあるべき新しい考え方に気付いていても、そのままでは、すぐにまた自動操縦的にマインドレスなネガティブな思考に戻ってしまいがちなのに対し、MBRSTではマインドフルネスのスキルでABCDE理論で獲得したポジティブな思考の仕方に瞬時に移行できるようにすることで、今までのネガティブな考え方の結果として生まれるネガティブな感情や行動から脱却し、ポジティブな感情と行動に導くことが出来るのである。
認知(行動)療法が認知の転換をする(考え方、解釈、認知の仕方や思考、信条のスタイルを変える)ことで思考をマイナスからゼロになるように目盛を動かすように介入する心理療法と言えるのに対し、MBRSTはABCDE理論とマインドフルネスのスキルを組み立てて、思考の目盛をマイナスからゼロに、さらにゼロからプラスに動かし、未来への働きかけを目指す心理療法である。
私はMBRSTとレジリエント食事・生活療法RDLTを用いて、身体醜形障害(症)、パーソナリティ障害、不安症、身体表現性障害など心因性の神経症圏の病気や不登校、家庭内暴力、摂食障害、不適切行為などの思春期失調症候群や美容整形依存などの治療を行っている。